中国労働市場の過熱化により外国人労働者・新卒の「海亀組」たちが苦境に

「ハイグイ:海帰」として知られた有能な人材は、地元の優秀な企業ではもはや通用しない

改革開放の開始から40年の間に、合計313万人の海亀組(海外の大学を出た中国人学生の83.73パーセント)が帰国

中国経済のスピード低下に伴い、中国の政策担当者の間では雇用の見通しについて心配が広がっています。その理由は、十分な数の雇用を新たに確保することが、社会情勢の安定維持のために必須要素であると考えられているためです。昨年7月、中国政治局は雇用を政策の最優先事項としました。経済政策が経済成長の安定化にシフトされ、現在起こりつつある雇用不足問題に対処すべく政策の制定をひと通り行うこととなったのです。これらの政策により、中国経済の様々な問題にもつながっている、雇用政策の課題について調査が行われています。そしてその第2弾として、外国人労働者・中国人海外留学帰国者がぶつかっている問題が精査されています。

1月下旬の水曜深夜11時、ピーター・チェンさんは北京北西部に位置するオフィスをやっと後にします。彼はその日、朝10時から自動運転車に用いられる知覚技術の研究を行っていました。

雲南省出身のチェンさんは、香港でコンピューターサイエンスの学士・修士課程を修め、最近中国に戻ってきた帰国留学生です。

中国へ帰国してから彼が歩んできた道は、平坦なものではありませんでした。

旅行プランアプリのスタートアップ企業を立ち上げたもののうまくいかず、1年かけて自律走行車エンジニアリングを独学で学び、中国の大手インターネット企業に就職しました。

けれども、その仕事ですら過酷なものです。

チェンさんの仕事は長時間低賃金で、月給も希望額の半分以下、さらに13時間のシフトが当たり前です。30名いる彼のチームのほとんどが、地元の大学卒業生で、留学経験があるのは5名のみです。

「いつもハイグイであることのメリットっていったい何なんだろうと考えてしまいます」とチェンさん。「技術系の専門知識では、中国本土の大卒者は後れを取っているどころか、むしろ勝っているくらいです」と話します。

「ハイグイ:海帰」とは中国で、海外留学をして帰国した人々について表現するときに用いられます。また、中国語の海亀に発音が似ています。帰巣本能を持つ海亀のように、多くの帰国留学生が本土まで長旅をして帰ってきています。

かつて中国のエリートを意味したハイグイ。40年前当時の最高指導者、鄧小平が中国の改革開放を始めた際、新技術やマネジメントスキル獲得のため、中国人学生や学者を海外へ送り出すという戦略的決断を下したのです。

中国の経済問題はどのように優秀な大卒者の夢を打ち砕くのか

中国経済の近代化においてハイグイは、重要な役割を果たしてきました。Sohu(捜狐、そうふ)、Baifu(百度、バイドゥ)、Sina(新浪、シナ)など、中国の有名テクノロジー企業を設立したのも彼らです。

けれども中国経済の発展につれ、多くの家庭で子供の海外留学が可能となり、現代中国の高学歴者ばかりの労働力の中で、ハイグイの特別感はだんだんに薄れていきました。

教育部のデータでは、2017年の中国人海外留学帰国者は、前年の2016年を11.19パーセント上回る、48万900人を記録しています。

そして、その半分近くが修士かそれ以上の課程を修めており、こちらも2016年を14.9パーセント上回っています。

改革開放の開始から40年の間に、合計313万人の海亀組(海外の大学を出た中国人学生の83.73パーセント)が帰国しています。

リクルーティングサイト、Liepin.com(猎聘、リィェピン)が発表した別の調査では、2018年の帰国者の80パーセントが20万元(29,652ドル、約330万円)を超える年収を受け取るとされています。

けれども実際は、対象者の半分以上は10万元よりも賃金は少なく、留学帰国者が国内の大卒者に劣っているのことを示しています。

「2年前なら帰国留学生は良い働き手だと言っていたでしょう。」そう話すのは上海を拠点とするテクノロジー企業、IT Consultisの共同設立者、オーレリアン・リガード氏です。

「今は、そこまで良いとは思えません。中国出身の人材の質や仕事の内容にとても感心しています。」

再就職決定!中国企業で200を超える大卒者への雇用が回復

雲南省出身のチェンさんのように、香港でコンピューターサイエンスの学士・修士課程を修めた若者は、雇用市場の競争が激しくなり、熾烈な争いの中で希望の仕事に就くことができず苦しんでいます。

「企業は留学帰国者だからと言って私を特別扱いすることはないでしょう。語学やコミュケーションスキルなら強みになる可能性もありますが、コンピューターエンジニアの世界では、たいした武器にはなりません」と、チェンさん。

キミ・フェイさんがミシガン大学のステファン・M・ロス・ビジネススクールの経営学修士(MBA)の学位を取得して上海に戻ったのは、2018年の8月のことです。彼も他の海亀組と同様に、流れに逆らって泳いでいることに気づきました。

輝かしい学歴にも関わらず、フェイさんも中国企業に就職するのに苦労しました。中国企業で働くことを希望していた彼は、選択肢を広げることを余儀なくされ、国際商品取引業者の仕事を見つけ、戦略投資アソシエイトとして勤務しています。

「ハイグイはもはや、昔ほど重要ではなくなりました」とフェイさんは離します。そして、中国企業は現在、国内の有名大学出身者を採用することに対してさらに意欲的になっていると続けました。

コンサルタント企業のPretalent(プリタレント)によれば、中国経済の成長が緩やかになってきたことに伴い、この雇用問題は特に金融・不動産分野でさらに深刻化するとされています。

昨年、フェイさんがアメリカから就職活動をしていた際、キャンパス内で中国の不動産企業が求人を行っている様子はありませんでした。

フェイさんによると、「この数年で、Huaxia Happiness(ファシャ・ハピネス)や、Vanke(バンカ)などの開発事業者が、大金を使ってアメリカのビジネススクールでMBAを取得した学生を勧誘しています」とのことです。

中国政府 2018年の正確な失業率の発表を始める

邱小平労働部副部長は1月半ば、2019年には中国の大卒者の数がこれまでで最高の834万人に到達すると述べています。

「海外へ留学する中国人は、海外の大学を卒業、就職をすることが多いですが、帰国を望んでいる人も数多くいます。その理由は、現在の中国の活気の良さです。」そう話すのは、人材派遣会社、ロバート・ウィルターズ金融サービス部門の華南地区エリア長、ジョン・ミュラリー氏です。

ただ、海外で暮らすことで語学や技術スキルの向上は見込めますが、顧客本位である多くの金融業では、特に金融取引の構築において必要不可欠となる中国での人脈を得ることは難しいでしょう。

ミュラリー氏は、「ひと昔前なら、海外へ出た人は副社長くらいの地位に就くまで帰国することはありませんでした。なかなかの地位を得ての凱旋です。けれども今は、せいぜいアナリストレベルで帰ってきます」と続けます。

在中外国企業や外国人社員もまた、労働市場の競争が激化したことで新たな苦境に立たされています。

キャリアリンクアジア株式会社(外部リンク)が昨年12月に発表した調査では、過去5年の間に中国の企業の職に就いたビジネスリーダーの40%が、多国籍企業から転職したということが分かっています。

ベインの共同経営者、ステファン・シー氏によれば、「中国企業は多国籍企業から多くの人材を得ています」とのことです。

失業率対策に乗り出す中国  その対策で間に合うか?

外国人労働者の失業率上昇の理由の一つに、国際企業の指揮系統の規模があります。国際企業では、在中の管理者や局長がまずアジア太平洋エリアを取り仕切る上司に報告を行うか、ロンドンやニューヨークの本社まで戻らなくてはなりません。

「本社で緊急ではないと判断されれば、要請事項は数日間ほど保留される可能性があります。中国では何事も進むのが早いので、待っている間にタイミングを逸してしまうのです」と、話すのは、上海米国商工会議所のカー・ギブス会頭です。

「中国の企業組織はそれをよく理解しています。CEOの部屋に足を踏み入れたら、決定事項の確認をして、すぐに退室するのです」とギブス氏。在中企業の「新たな闘い」は、人材の確保だそうです。

この状況は、在中外国人労働者にとってもより微妙な問題になっています。特に中間管理職での雇用機会が減っているためです。

外国企業も中国企業も、中国で操業する企業は、積極的に労働力の「ローカライゼーション」に取り組んでいます。やはり、有能な中国人の人材が確保できるようになったためです。

北京欧州連合商工会議所の広報担当者は、「会話の中でも、いつか中国を離れる若い外国人ではなく、国際的な教育を受けた地元の人材の採用を望む企業が増えているという話題になります」と言います。

特殊な技術スキルを持つ人は重宝され、企業の上位層で勤めていることが多いです。また、労働者が多く飽和状態にある北京や上海、深圳以外でも多くの雇用の機会があります。

「経験豊富な技術者なら、『中国で』働くべきでしょう。ただし、アリババ(外部リンク)の事業部門の管理者として、進んで杭州や成都、西安に移り住むことができるかが重要です。上海でなければならないでしょうか、ということです」と、話すのは上海に拠点を置く戦略顧問企業、コレクティブ・レスポンシビリティ創始者のリチャード・ブルベイカー氏です。

アリババは現在、サウスチャイナ・モーニング・ポスト (南華早報) のオーナーでもあります。

米中貿易戦争の影響大 中国政府 雇用サポートに乗り出す

ギブス氏によると、中国国内には数多くの外国企業が存在するもの、経済と労働力が成熟し、卓越したビジネスプランと戦略を持たないと成功が難しい段階に達しているといいます。

「私が初めて中国に来た1985年当時は何もありませんでした。すべてにおいて、多くの物資・人材が不足していました。その状況でビジネスを始めようとした場合、ほぼどんなビジネスでも、軌道に乗れば、大きく成長させることができるものです。けれども2019年の今、状況はまるで違っています」とギブス氏。

中国には欧米のスタートアップ企業は少ないと思われています。また、正確な数は出せませんが、そういった企業で生き残っているところは、方針がしっかりしているようです。

リガード氏は8年前、上海にテクノロジー企業を設立しました。それまでは、フランス人起業家のサポートで70名の従業員を抱える企業を運営しており、そのうち40名は中国、30名はベトナムでの勤務でした。

「現在の起業家はこれまでとは異なります。かつてはビザの申請のために中国に来ていましたが、その多くが何の下調べもせずに中国でビジネスを立ち上げていました。けれども、今はそうはいきません。実績が必要なのです」とリガード氏。

彼は主に中国での販売を希望する海外の小売業者向けに、eコマースの流通システムとプラットフォームを立ち上げましたが、その分野の競争は激化しています。

リガード氏の企業は、地元企業のようにはいきません。銀行ローンへのアクセス権がなく、公的機関が出す情報を手に入れることもできないのが実情です。

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「あなたはいつも一生懸命働いていますね。他の人が失業したのは、彼らがあなたほど優秀ではないというわけではなく、運が悪かったのだとご存じでしょう」と、リガード氏。

リガード氏や、帰国留学者のチェンさんのような人たちは今、世界中の人材を必要とする新しく近代的な産業に身を置き、世界で最も活気あふれる労働市場としての中国に影響を及ぼしています。

ただ、このことについて、チェンさんは、長時間労働の仕事に就きながらも帰国は正しかったと感じていますが、リガード氏にとっては在中外国企業への「見えない壁」が厚くなっていることを意味しています。

Liepin.comは、2018年には海外で教育を受けたAIエンジニアの数が、前年比47.83パーセント増の急上昇を見せるだろうとしています。

ヨーロッパの自動車会社の仕事を断ったチェンさんもその一人です。

「自動運転に関して、中国企業はいくつかの点で、欧米の企業と比べて頭一つ先に出ているかもしれません。また、中国企業の中では、調査・開発に関して私は大きな影響を与えることが可能です。」とチェンさんは話します。

雇用政策の第3弾では、生活サービスやギグエコノミーが直面している問題について調査が行われます。